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日本語というのは難しい。
ひとつのことを言い表すのにもいろいろな表現があるし、同じ言葉でも伝え方やシチュエーションで意味合いが変わってきたりもする。
そして何気ない言葉でもその使い方や受け取り方が人によって違ってくることもある。
たとえば「ご苦労様」という言葉がある。
よく言われるように、この「ご苦労様」という表現は一般的には見下した感があるため使わないほうがよいとされるが、まだ普通にこの言葉を使う人もまれに見かける。
そもそも、このご苦労様は相手が自分に対して労をかけてくれたことをねぎらう言葉である。→参考
これが一般的な解釈である。
実際私もこの言葉を使われると気分がよくないし、人に対しては使わない。
しかし、中には「ご苦労様」は別に失礼でないと考えている人もいるようだ。→参考
確かにもともとの言葉の成り立ちなどは私にはわからないし、議論も別れるところだろう。そしてあまり気にせず使っている人もいるだろう。
しかし重要なのは、言葉に性格が与えられるようになり、そしてその言葉を聞いて不快に思う人が多いなら使わないほうがいいということだ。
せっかく美しい日本語という言葉を持っている我々は、言葉のもつ意味をもう少し深く考えたい。
先週から、政治の現場でインターンをしながら「政治の理念」を探求する研修がスタートした。
2年生はそれぞれがインターン場所を自分で選定しばらばらに研修しているのだが、私は政経塾の大先輩である逢沢一郎先輩のもとで先週水曜日からインターンをさせていただいている。
塾の縦のつながりというのは強いもので、こうして利害関係なしで学びの場を与えていただくことができることは本当にありがたいことである。
ありがたいついでに、先週ありがたいと感じた出来事があった。
昼飯を食べるためにとあるラーメン屋に入ったのだが、そこでコンタクトを落としてしまった。
やばいと思って床や自分の服なんかを探していたら、同じ店にいたお客さん数名が一緒になって探してくれたのだ。
その人たちも順番を待っていたのに、だ。
どんどん次の人たちが座っていくのに・・・
結局自分のかばんに付着していたんだけど(これも結構すごいことだけど)、なんか非常に恐縮してしまうと同時に、うれしい出来事であった。
きっとその人たちにとっては今は覚えてもいないほどなんでもない数分間だったんだろうけど、そういう行為で人に喜びを与える行動というものがあることを改めて感じることができた日だった。
今衆議院議員会館では、命のメッセージ展が開催されている。
今日、空いている時間をつかって見に行ってみたけど、あれはやばかった。
高校の体育祭で悔し泣きした以来人前で泣いたことがなかった私があやうく泣きかけた。
というか、ほんとに泣いちゃいそうで全部見れなかった。
命のメッセージ展とは、交通事故や医療事故、リンチ、強盗などによって無念の死を遂げてしまった人たちの写真によって命の大切さを訴えるというもので、写真とそこに添えられた文章が悲しすぎる。
しかも等身大のオブジェと本人の靴が展示されていて、子供の靴なんかみたら不覚なことに涙を堪えるのが精一杯だった。
とくに飲酒運転よる事故が目立ったけど、驚くのはアルコールの量が規定より少なかったりしたら被害者が亡くなっても罰金三十万円というケースも結構あるということだ。
たった三十万…。
やりきれないを通り越し、頭が悪いとしか思えなくなってくる。
国のことを考えれば、ただ被害者の立場だけで物事を見るべきでなく、国民が加害者側になってしまったときのことも考えなくちゃいけないというのは事実だと思う。
しかしそれでも整理できない人間の感情というものがあり、それは大切にしていかなければいけない。
政治はまさに人の気持ちを社会に体現していくものだと思うから。
塾員インターンもいよいよ半ばを過ぎ、日々の業務にも大分なれてきた。
可能な限り議員のそばにつかせてもらいいろいろと現場で学ばせてもらうという趣旨だが、それ以外の時は事務所での仕事が多い。
日程調整などしていると、まさに分刻みの仕事であるなと改めて感じる。
事務所にいるときは他の秘書の方と交代で昼飯を食べに行くんだけど、議員会館の周りは何もない。
地下にある食堂も1日で飽きたし、かといって弁当を事務所で食う気もあまりしない。
というわけで溜池山王まで歩き、昼食を食べることが結構ある。
今日は薩摩地鶏の店「さつま」という店で食べたんだけど、これがなかなかうまかった。しかも安い。
夜は居酒屋で昼は定食も出す、というよくあるタイプの店だけど、さすがに混んでるだけあった。
と、たまには日記らしいことを書いてみた。
突然だけど、6月3日に浜松に拠点を移すことにした。
日本に帰国してから一年間茅ヶ崎で過ごしてきたけど、2年になって自分の活動拠点を定めるにあたって、生まれ故郷の浜松に移ることにした。
松下政経塾は1年次は全寮制で主に塾内での研修を行う。
そして2・3年次にはそれぞれのテーマをそれぞれの活動拠点で深めていく。
私の専門とする分野は外交と安全保障で、テーマは「自立した世界観を持った真に強い日本の創造」「日本と日本人の公の意識」であり、これを浜松からどう深めていくかは大きな課題である。
政経塾での研修の肝は、こうしてテーマについて悩み考え続けていくことにあると思う。
このテーマと問題意識への考察をより深めながら、これをどう地域の問題に落とし込んでいくかということが今後の活動の柱となる。
一年次の座学を中心とした集合研修は、真剣に考え取り組んでも、ただいい子にして言われたとおりに講義を受け言われたことをしているだけだったとしても、一年間経てばそのまま終わってしまうものでもある。
誤解を恐れずに言えば、今日は何をして明日はどこに行く、など、何も考えなかったとしても、研修という時は自然に流れていってしまうのである。
すべては自らの気の持ち方しだいであり、主体的にどう取り組むかにあるが、なかなかそこの差は現れにくい。
しかし、そういう受動的な気持ちでいれば、たとえ上辺の評価が高かったとしてもそれだけの器で終わってしまう。
これからはそうはいかない。
すべてが更地であり、そこにレールを敷いていくのは自分しかいないのだ。
これからがまさに正念場である。
ふんどしを締めなおして研鑽に励みたい。
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